Parce que c'est comme ça

海外大学院留学に向けて勉強します。最終目標はバカンスのある人生。パスクセコムサ。

北京首都国際空港で空港泊してみた

どうもはなぶさです。先日、中国に初上陸しました。とはいえ国際トランジットのためなので本当に北京の空港だけですが。

そして安い飛行機なので夜をはさんだ結構長い待ち時間がありまして。空港泊するかエアチャイナが提供してる無料トランジットホテル*1を利用するかわりと迷ったのですが、最終的に面倒くさくて空港泊に決めました。結論から言えば思ったより快適で全然いけました、空港泊*2

事前に調べていてよく分からなかったことと、おまけで中国(空港だけですが)の印象をいくつか書いておきたいと思います。利用時期は2019年4月上旬、女性1人です*3

 

 

〇変換プラグは不要

日本の型(A)でそのまま使用できるので変換プラグは不要です。いろいろなタイプに対応可能なマルチコンセントでした、素晴らしい。もちろんUSBもさせます。

充電スポットの数も充実しています。真ん中のほうは埋まってるかもしれませんが、どこもいっぱいで充電できない!って感じではなかったです。

ちなみに電圧は220Vです。DSの充電はできませんでした。残念。

 

Wifiの利用には事前に機械での登録が必要

無料Wifiは当然空港なので飛んでいますが、事前に機械で登録してIDとパスワードを発行する必要があります。登録にはパスポート等の身分証明書が要ります。機械は複数あるので見つけるのはそんなに難しくないと思います。ただし、中国で利用可能な電話番号があるか、WeChat(たぶん)というアプリを使える人であればスマホの操作だけで大丈夫そうでした。

無事登録が済んでスマホからWifiにつなげ、発行されたIDとパスワードを入力します。私の場合このあと赤字で「ページをリフレッシュしてください」みたいないかにもエラーな雰囲気漂うメッセージが出てきたのですが、それでちゃんと繋がっていました。

なお、有名な話ですが、GoogleやLINE、YouTube等には繋がりません。Yahooも、トップページには繋がりますが検索はダメでした。検索エンジンが使えなさそうなので、URLで直接とべるよう閲覧したいサイトは事前にブックマークするか履歴を残しておいたほうがいいと思います。

 

〇温水サービスが嬉しい

国際トランジットでも保安検査で水捨てないといけないのですね…知らなかった。というわけで半分も減ってないいろはすと涙ながらのお別れをしたのですが、出発エリア内の給水機が地味に優秀でした。冷水、温水、熱水の三種類選べます。まだ肌寒さの残る4月はじめ、温水は嬉しかったです。いわゆる白湯というやつですね。自販機でカップ麺らしきものも売っていたので、熱水はそれ用でしょうか。

どうでもいいですが紙コップの形状が円錐でちょっとびっくりしました。紙の節約にでもなっているのだろうか。

 

〇ベンチの寝心地が意外とよい

はい、意外なほどにそのへんにいっぱいあるベンチの寝心地がとてもよかったです。奥に向かって少し傾いているからなのだろうか。材質もかためのクッションでいい感じでした。なんせいっぱいあるのでよほど混まない限り埋まる心配は不要だと思います。

ちなみに私は長めのスカート(生足)で行ったらちょっと寒かったです。タイツはいとけばよかった。当たり前か。

謎に深夜2時半頃から店舗新設準備らしき工事が始まったのは衝撃でした。4時頃時点でもまだやってた。ガラス割れる音とかめちゃくちゃうるさかったから昼にはできないという判断だったのだろうか…。労働者の皆様まじでお疲れさまでっす。当然ぐっすりは寝れなかったので移動したら、意外とちょっと歩いただけで音は聞こえなくなりました。一組トランプやってて楽しそうな人たちもいましたが、なんせ広いのでちょっと離れれば静かになります。

 

というわけで思っていたよりだいぶ快適に寝られました。まあ身体中むくんだし所詮ベンチ寝ではあるのでベッドとは全然違うとは思いますが。

以下は初上陸中国の印象です。

 

ネット規制が不快

有名だし規制があるのは知ってましたが、実際に経験してみると実に不快ですね。単純にいつもよく使っているアプリとGoogle系サイトが使えないので不便という以上に、政府になんの権利があってこんな広範な規制をしているのかと腹が立ちます。息苦しくもある。余談だけど入国審査前のエリアに外国人用指紋登録機がずらっと並んでいるのもなかなかに威圧的でぞわっとさせられました。自由にものが言えない国だということを、少しだけ実感しました。中国の人はみんなどんな思いで暮らしているんだろう。

 

●漢字ってすごい

思った以上になんとなーく意味が分かってとてもおもしろいです。日本語とは使う字がちょっと違うことがあるのもまたをかし。職員は「工作人員」らしい。スパイっぽい。笑

前から思っていたけど、漢字を生み出した中国文化はすごいなあと思います。アルファベットぽいものはエジプトのヒエログリフ起源らしいですが、ほかに起源となった文字はあるのだろうか。アラブ文字とか、東南アジアのうにゃっとした文字とかはどこからなのか、ネット規制域から抜けたら調べてみたくなりました。

当然口語はさっぱり分からないのですが、文字が分かるだけにそれもちょっと不思議な感覚になります。私はどうも中国人っぽいのか、迷うことなく中国語で話しかけられてあまりの分からなさに逆に愉快になります。アジア人同士なのに共通言語が英語なのはちょっと悔しい。行ったことのない国へ行くとやはり刺激に満ちていてわくわくしますね。

 

故宮博物館に行ってみたい

出発エリア内に本当にちょっとした故宮博物館スペースがあるのですが、展示されているものの美しそうなことといったら(映像しかないので)。あれ、結局日本は朝貢はしなかったのでしたっけ、、うろ覚えだけど、元(精神的)朝貢国としてはやはり中国四千年の歴史に憧れがあります。紫禁城は一度拝みに行きたいなあ。あ、あと兵馬俑ネット規制とかお札が全部毛沢東の顔とか、そういうものの息苦しさは結構耐え難くはあるけど。一人じゃなくて誰かと行くのがよさそう。

 

 

というわけで初★中国、空港に立ち寄るだけでもいろいろと感じるところがありました。

私は本でも服でも国でもなんでも気に入ったものを繰り返す性質があるのですが、たまに新しいものに手を出してみるとやっぱり世界を広げるのは大事なことだなあと思います。再見!

*1:いろいろ条件があるみたいなので、詳しくはエアチャイナのHPや利用者の体験談をご参照ください。

*2:ラウンジなどお金のかかる施設を使わなかったということです。

*3:あくまで利用時点での情報です。

結婚・妊娠を仕事に合わせるという発想のおぞましさ

逆だろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

結論は以上ですが、さすがにもうちょっとつらつら述べさせてください。

 

生きるために働くのであって、働くために生きているのではない

働くために生きてる人もいるかもしれません。それは一つの生き方でしょう。でもね、そうじゃない人もいるんです。そういう人たちにとっては働いていない時間をきちんと確保して、自分や大事な人のために使うことが決定的に大切なんです。憲法に保障されている幸福追求権を行使する権利は万人にあります。歴史的に見て、使用者(資本家)はいとも簡単に労働者を搾取する構造を生んできました。その反省をもとに、労働基準法は「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と最初に掲げたのではないですか。結婚という制度の問題点はひとまず置いておきますが、愛する人と家庭を作り子をもうけることは、最優先で保障されるべき「人たるに値する生活」の一つの本質ではないのですか。*1

確かに人事をまわすうえで妊娠や育児による休業は懸案事項の一つではあるでしょう。今まではそんなこと考えなくてよかったのに、と思うかもしれません。でも、今までが間違っていたのです。そんなことも配慮できない会社は、人間を雇う資格がありません。繰り返しますが、「人たるに値する生活を営む」権利が私たちにはあるのですから。

 

上司や人事が結婚や妊娠の時期に言及するのがひたすらおぞましい

これ、説明しなきゃおじさんたち*2には分からないですか??平成も終わろうとしている今日にそんな話がごろごろ転がっているのが恐ろしくて仕方ないのですが。

いつ結婚しようといつ子どもをつくろうと、そんなのは個人の自由です。それぞれに事情があり、他人がたやすく口をはさんでいいようなものではありません。したくてもできない事情を抱えている人にとっては、出されるだけでも深く傷つく話題かもしれません。なのになぜ、単に職場が一緒というだけの他人が、軽々しく触れていいと思うのですか?「結婚しないの?」というだけでも不愉快なのに、「入社後〇年経つまでは結婚しないほうがいい」「今のポストは忙しくて子ども作れないね」って、なんでそんなこと言う権利が自分にあると思えるんですか?????ないよ!!!!!!!!!!!!

 

本気で少子化や男女格差をなんとかしようという気があるの?ないんですよね?

出産・子育てって命がけですよね。本当にたいへんなことですよね。どれだけ気を付けたって出産時に母体と子どもの命は危険にさらされるし、一瞬目を離したすきに子どもが死んでしまうかもしれない。子どもを増やしたいというのなら、妊娠前後の母親を最大限大事にして、生まれた子どもはたくさんの大人の目で守って、それでも収入やキャリアで不利益を被ることがないようにするしかないんじゃないですか。社会全体が最も配慮するべき事項として制度設計をしなくちゃいけないんじゃないですか。なのに仕事になるべく支障がないように妊娠しなさいって、妊娠するリスクがあるから既婚女性を重要ポストに置くのは嫌だって、馬鹿なの????馬鹿なんだよね?????????

 

なんだろうこのおぞましいとしか言いようがない現実は。

みんなもっと自分の尊厳や意思を大事にしようよ。

*1:もちろんそうでなければ人たるに値する生活ではないということでは決してありません。

*2:もちろんそういう配慮のないことを言うのが100%中高年男性とは言いません。けれどもどうか、管理職や重要なポストはだいたい男性が占めていること、若い女性の実感として圧倒的に中高年男性に傷つけられることが多いことを、どうか分かってほしい。

ブログ名を変えました。

こんばんは。はなぶさです。

無職を記念してブログ名を変えました。旧Eの抜けた日々です。なんかいろいろ危うい道に踏み出してしまった気もするけど、しょうがない私はそういう人間だから、という気持ちを込めています(だいたい本当)。

はいこれだけ。

なぜ涙が出るのか。ー退職に寄せて

今日は私の人生の第一幕が終わった日です。大学を出てすぐに就いた職を辞しました。もちろん辞職それ自体も大きな決断であり一つの区切りなのですが、なんというかそれ以上に、いわゆる「まともな人生」というレールから降りたという意味で特別な日です。

レールに乗っていなければならない、というような恐怖感がすごくあったわけではありません。そのときそのとき選んだ道がたまたま王道をいくものだったという感覚なのですが、それでも、やはりそのレールに乗っている限り保障されるものはあるのだなと実感もしました。だから、これからの自分に少しの不安はあります。

でも、今私の心の中にある感情の大半は、楽しみとか嬉しさとか、ポジティブなものたちです。これまでの仕事では人生は誰かにアサインされるものでしたが、これからは自分でデザインしていけると思うと、否が応でも胸が高鳴ります。

なのに今日、何度か涙がこみ上げてきました。なぜだろう。

それは少なくとも不安からではありません。決まって、挨拶にまわった職場の人からあたたかい言葉をもらえたとき、もしくはそれが思い返されるときにそうなるからです。

なんだろう、自己評価としては私がこの職場で成し遂げたことはとても少ないし、どちらかというと人の仕事を増やすようなことしかできなかったと思っていました。それはそんなに間違ってはいないと思うけど、予想に反してたくさんの人が思いやりにあふれた笑顔で「あなたなら大丈夫」「充実した日々を過ごせますように」と言ってくれました。

これを書いている今も泣いていますが、やっぱりなぜ涙が出てくるのかよく分かりません。なにもできなかった、自分はそんなに優秀じゃなかったという自己評価は、冷静に下しているつもりでも(だからこそ?)どこかで心を傷つけていて、その傷を手当てしてもらえたことが予想以上に嬉しかったのかもしれません。単純に思わぬ人の優しさに感動したのかもしれません。

いずれにしてもたくさんの人が私の今後を気にかけてくれていました。それに恥じない自分でありたいと思います。染みついたさぼり癖はなかなか抜けないけれど、するべき努力はして、今描いている「こうありたい」という自分になれるよう、コツコツ歩んでいきます。

さよなら霞が関、また会う日まで。

「自分にしかできないこと」「自分じゃなくてもできること」

こんばんは。はなぶさです。何か書きたい欲は結構常にあるのですが、ネタがないのでいつも自己啓発っぽいことになってしまいます。が。

本日のテーマは、よく就職サイトとか転職した人のブログとかで見る「自分にしかできないことをしよう」「自分じゃなくてもできることだったから仕事を辞めた」みたいなものへのアンチテーゼです。

 

私が今している仕事は、絶対に私じゃなくてもできる、簡単なものです。特に判断とかいりません。面白くありません。だから、上記のようなことを言う人の気持ち、とてもよく分かります。アンチテーゼとか言っときながらなんですが。個人としてそれが嫌だったり向いていなかったりで避けることはもちろんなんら非難されるべきものではありませんし、なるべく自分が楽に生きられるようにするのはすごく大事だと思います。

 

でも、「誰にでもできる仕事」って、誰にでもできるから価値の低いことでしょうか。あるいは、「その人にしかできない仕事」って、アーティストとか起業家とか、そういう目立つものだけなんでしょうか。私の答えは否です。

 

たとえばスーパーのレジ打ちとか、パン屋の販売とか、掃除とか、特別なスキルがいらない仕事はたくさんあります。でも、これらの仕事をやってくれる人がいなくなってしまったら、困りません?「誰にでもできる仕事」をきちんとこなしてくれるたくさんの人たちのおかげで、日々便利な生活を営めています。珍しいことや目立ったことをできる人たちも、そういう普通の人たちが築いてきたシステムがあることや、消費してくれるたくさんの普通の人たちがいてこそその地位を築けたのではないですか。職業に貴賤なしとはよく言ったものです。

 

また、これは上意下達社会のサラリーマンが思いがちなことだと思うのですが、「こんなの誰がやっても同じだろう」「自分の存在価値ってなんだろう」。でも、「ある程度誰がやっても同じ到達点までいける仕事」はあっても、「誰がやっても同じ仕事」はないと思います。かける時間、相手とのやり取りの仕方など細かい点においては必ず異なるはずです。その細かい点が、案外大きな差異になっていったりするかもしれません。

「自分の力が生かされていない」と思うことも多いかもしれません。そういうときは、少しでも状況を変えられるように努力してみることもできると思います。なるべくたくさんの人の力が生かされる状況を作ることは、あなた自身のみならず組織全体のためにもなります。無理することはないですが。

 

というわけで何が言いたいかというと、誰にでもできる仕事をするたくさんの人のおかげで社会がまわっていることを忘れずにいたいということ、そして、誰がやっても同じ仕事はないのだから、それだけをもって簡単に失望したりはしたくないなということです。

 

私も、自分に合った仕事を見つけて、自分なりに精一杯力を発揮できる環境を作っていきたいなと思います。

Institut Français の図書室が好き。

Bonjour ! はなぶさです。

めちゃくちゃ最近ですが新しいPCが我が家にやってきて嬉しく、これで憧れのスタバでノマド的なアレもできる…!とわくわくしているのですが、もはや何周遅れか分からないくらいですね。

 

はい、私は今東京に住んでいるのですが、よく通う場所の一つが飯田橋駅から歩いて10分弱ほどのところにあるアンスティチュ・フランセの図書室です。

 

www.institutfrancais.jp

 

ぱっと見一般人が入っていいかさえよく分からない雰囲気なのですが、全然大丈夫です。中にはフランス語書籍を売っている素敵な本屋さんもあります。図書室は2階にあります。

本やDVDを借りるためには会員登録(有料)をしなければいけませんが、入るだけ、書籍を閲覧するだけなら誰でも気軽にできます。私は絵本コーナーの気持ちいい椅子が好きで…時々うたたねしてしまいます。

広い机もあり、勉強している人をよく見かけます。

フランス語の書籍だけでなく日本語の書籍(フランスに関連するもの)もたくさんあります。

私は使ったことないですが、無線LANも飛んでいるそうです。飲食は禁止です。

開室時間がちょっと不規則なので気を付けてくださいね。

 

最近は来るTOEFLのためわざわざここまで出かけて行って英語を勉強している不埒者なのですが、あーはやくフランス語の勉強したい。

 

では、単語帳に戻ります。Au revoir !

邦題がひどい…「バハールの涙」「ナディアの誓い」

こんばんは。はなぶさです。

タイトル2件に加え「共犯者たち」の感想も書いておきたいのですが、その前に、、すいません愚痴らせてください。

 

海外映画を輸入する際の日本でのプロモーションが信じられないくらいダサいことはまあ周知の通りではあるんですけど、その周知の通りのことを書きます。

 

「バハールの涙」も「ナディアの誓い」も、ISにより迫害されたヤズィーディー教徒の女性を取り上げたものです。原題はそれぞれ「Les filles du soleil」「On her shoulders」、直訳すると「太陽の娘たち」「彼女の肩に」というところでしょうか。

どっちも過酷な状況を生き抜いているものすごく強い女性たちなのに、涙とか誓いとか甘っちょろい言葉つけてんじゃねーぞ!主人公が男性だったらぜってー使わねえだろそんな言葉。というジェンダーギャップ110位美しい国あるあるはまずあるとして、どっちの邦題も映画の中身をちゃんと表してないと思うんです。

 

Les filles の意味

これ「Les femmes(成人女性)」じゃなくて「Les filles(娘)」なところが重要なんです。劇中でもその通り言及されていますが。ISにさらわれて性奴隷にされたのは、まだ「femmes」とも言えない幼い子どもたちも含まれていた、というところ。ISの残酷さと女性たちの強さが際立つ原題なのに、「バハールの涙」て…別にこの映画じゃなくても「(ヒロインの名前)の涙」なんて付けちゃえるじゃないですか。なんでそんな陳腐な題付けちゃうんでしょうね。原題の直訳ならまだしも、全くかすりもしてない。おこ。

 

彼女の肩に(積極的に望んだわけではなく)のしかかるもの

はい、続きましてOn her shoulders。これもほんと原題が秀逸だと思う。先日ノーベル平和賞を受賞されたナディアさんのドキュメンタリーですが、彼女は世界中で彼女や彼女の仲間が受けた被害を語ってまわるわけです。彼女は強い。それは間違いない。けれども、映画を観て感じ取れるのは、「誓い」という言葉から連想されるような積極性ではありません。そこにあるのは、ひどい扱いを受けて、なんとか逃げ出してきたけれど、まだ取り残されて辛い思いをしている同胞をなんとか助けなければという切実な思いだけです。何度も語っている通り、何も起きなければ平凡な村娘として暮らしていたかったのです。彼女の強さはもちろん根本にあるけれども、(おそらく)いろんな成り行きで背負わざるをえなかったものを、投げ出すわけにはいかなかったということなのです。投げ出す自分が許せないという動機こそあれ、彼女の肩にものすごい重荷を積ませたのは、決して彼女ではない。そういう重みが「On her shoulders」にはあるけれど、「ナディアの誓い」にはないと思いませんか。

 

全く本当に配給会社は何を考えているんでしょうか。涙とか誓いとか奇跡とか愛とかもうみんな飽き飽きだよ。