Parce que c'est comme ça

欧州大学院生。最終目標はバカンスのある人生。パスクセコムサ。

日本式コミュニケーションの、そのままでいいところとダメなところ

昨日の記事の続きではないですが私の頭の中では同じカテゴリーに入っている話です。

 

私は海外旅行が好きで、欧米(というか欧州)への憧れもすごくあって、よく行きます。私は正直なところ日本があまり好きではなく、欧州については建物や日曜日見事に休むところなど気に入っているところが多いのですが、そんな私でも海外に出るたびアジアへの愛が深まる気がします。まあ、アジア「食」への愛とほぼ同義かもしれませんが…。韓国料理、中華、タイ料理、ベトナム料理、もちろん日本食も、本当においしいよね。。

また、これは最近の私の中でのトレンドなのですが、欧米のことだけでなく旧共産圏やアフリカ、中東、南米、そしてもちろんアジアのことをきちんと勉強し直したいと思っています。いわゆる「西洋中心主義への懐疑」というか、そんなつもりはなくてもやっぱり無意識に西洋が世界の中心だという刷り込みが自分の中にあるのではないかと思いながら、単純な知識欲としても、いろいろな世界のことを知りたい今日この頃です。

 

はい、何が言いたいのとお思いになったかもしれません。すみません。その通り脱線しました。

つまりですね、日本人のコミュニケーションって結構ネガティブな文脈で取り上げられることが多いと思います。でもそれって、単に欧米とは異なるだけでそういう文化なんだよで終わる話と、そうではなくて改善したほうがいいよねという話がごっちゃになってしまっているのではないでしょうか。だから、改善したいという話をしていても、どうせ出羽守になっているだけだろうとシャットダウンされてしまったり。

この記事ではその辺を整理しておきたいという意図で書くものです。

 

違ってていいんじゃないと思うのは、ハグとかビズとかキスとか。別に真似する必要ないですよね。当たり前田のクラッカー。日本人だからそう思うんでしょうが、たとえちょっとよそよそしくても、接触は避けるほうが好きです。あと地味にHow are you?って毎回聞かれるのも正直面倒です。機嫌悪くたって知り合い程度のコミュニケーションならそれを表に出したりしないし、でも正直に言うのは憚られる一方でGood!って嘘つくのも嫌じゃないですか。Helloだけでよくない?愚痴になってしまった

 

一方で、私が本当に嫌でどうにかしたいと思っているのは、相手へのリスペクトを欠く習慣です。代表的なのは年齢。

年齢が上の人に対して敬意を表すべきということについて、異論はありません。でもそれって、イコール自分より下の人に敬意を払わなくていいってことじゃないでしょう?厳密に言えば、敬意は万人に等しく払うもので、年齢がより上の人にそうじゃない人よりも重きを置くとするならば、それは経験に基づいた実践的なアドバイスは想像上の話よりも参考になるとかそういうことです。私にとっては。

だから、道に迷っているおじさんに丁寧に声をかけてあげたのにいきなりタメ口で返された時には本当にびっくりしたし、これだから嫌なんだよ日本はという気持ちになりました。

仕事相手だったら年齢が上だろうが下だろうがタメ口なんて使わないでしょう?一定の敬意をもって相手と接しようと思っていたら、特別親しくもないのにタメ口なんか出てこないはずではないですか?

 

コミュニケーションの基本は互いを尊重するところにあるはずです。だから、どちらか一方の相手方を軽んじるような習慣は続けていってはダメだと思います。夫に敬語を使う妻とか、反論の余地を与えないようはっきり言葉にはしないけれど権力差で要求をのませようとする上司とか。

 

だから、日本の「さん」という敬称はとても素敵だと思います。男女や既婚未婚の差異なく誰にでも使えて、相手のセクシュアリティや家庭環境といったプライベートなことに踏み込む必要がないからです。あっそうだ思い出した、海外にいるとフランクな場では呼び捨てが基本で、分かっているので別にいいんですが、たまに日本に詳しい人に出会ったりして「さん」を付けてもらえるとやっぱり嬉しくなります。

 

いろんな世界のいろんないいところを学んで、グローバルに通用する誰も傷つけないコミュニケーションスキルを会得していきたいものですね。