Parce que c'est comme ça

欧州大学院生。最終目標はバカンスのある人生。パスクセコムサ。

「自分にしかできないこと」「自分じゃなくてもできること」

こんばんは。はなぶさです。何か書きたい欲は結構常にあるのですが、ネタがないのでいつも自己啓発っぽいことになってしまいます。が。

本日のテーマは、よく就職サイトとか転職した人のブログとかで見る「自分にしかできないことをしよう」「自分じゃなくてもできることだったから仕事を辞めた」みたいなものへのアンチテーゼです。

 

私が今している仕事は、絶対に私じゃなくてもできる、簡単なものです。特に判断とかいりません。面白くありません。だから、上記のようなことを言う人の気持ち、とてもよく分かります。アンチテーゼとか言っときながらなんですが。個人としてそれが嫌だったり向いていなかったりで避けることはもちろんなんら非難されるべきものではありませんし、なるべく自分が楽に生きられるようにするのはすごく大事だと思います。

 

でも、「誰にでもできる仕事」って、誰にでもできるから価値の低いことでしょうか。あるいは、「その人にしかできない仕事」って、アーティストとか起業家とか、そういう目立つものだけなんでしょうか。私の答えは否です。

 

たとえばスーパーのレジ打ちとか、パン屋の販売とか、掃除とか、特別なスキルがいらない仕事はたくさんあります。でも、これらの仕事をやってくれる人がいなくなってしまったら、困りません?「誰にでもできる仕事」をきちんとこなしてくれるたくさんの人たちのおかげで、日々便利な生活を営めています。珍しいことや目立ったことをできる人たちも、そういう普通の人たちが築いてきたシステムがあることや、消費してくれるたくさんの普通の人たちがいてこそその地位を築けたのではないですか。職業に貴賤なしとはよく言ったものです。

 

また、これは上意下達社会のサラリーマンが思いがちなことだと思うのですが、「こんなの誰がやっても同じだろう」「自分の存在価値ってなんだろう」。でも、「ある程度誰がやっても同じ到達点までいける仕事」はあっても、「誰がやっても同じ仕事」はないと思います。かける時間、相手とのやり取りの仕方など細かい点においては必ず異なるはずです。その細かい点が、案外大きな差異になっていったりするかもしれません。

「自分の力が生かされていない」と思うことも多いかもしれません。そういうときは、少しでも状況を変えられるように努力してみることもできると思います。なるべくたくさんの人の力が生かされる状況を作ることは、あなた自身のみならず組織全体のためにもなります。無理することはないですが。

 

というわけで何が言いたいかというと、誰にでもできる仕事をするたくさんの人のおかげで社会がまわっていることを忘れずにいたいということ、そして、誰がやっても同じ仕事はないのだから、それだけをもって簡単に失望したりはしたくないなということです。

 

私も、自分に合った仕事を見つけて、自分なりに精一杯力を発揮できる環境を作っていきたいなと思います。